剣道談義

趣味

9月某日、久しぶりに師匠宅を訪問する機会を得た。稽古をいただくことはできなかったが、御宅にお邪魔して御馳走になり、剣友のKMZ先生を交えて、夜遅くまで剣道談義に花を咲かせた。稽古用の小手まで頂戴してしまった。

先生の御宅は剣道博物館かよ!と思わせる様である。大先生方との思いでの写真と記念の品が多数飾られ、剣道書が書棚にギッチリと並び、剣道雑誌の切り抜きが几帳面に綴られている。書籍は、私のような積読ではなく、付箋紙があちこちに貼り付けられて「精読」をうかがわせる。

そして、圧巻は剣道具だ。胴や小手が無数にある。新品未使用もあるが、ほとんどが適度に使用されて手入れと整備がよくなされている。私は目利きできないが、銘などから業物も多い。

道具は使ってこその道具であり、その価値が発揮されると思う。使い古した手入れの行き届いた革製品のように、新品より手入れされて使い慣れた剣道具がカッコ良い、と私は思う。が、もちろん新品が良い(笑)

収集する先生も凄いが、それを許容(看過?)している奥様も素晴らしい。奥様の本心をお聞きしたいが、そこは敢えてお尋ねしない方が良いだろう(笑)。

さて、剣道談義の内容であるが、先生は技術論はほとんど話されない。もちろん、質問したり、悩んでいたりするときに適切な指導をしてくださる。よって、剣道談義は、剣道に向き合う気持ちや取り組む姿勢、稽古の在り方などの話題が中心となる。しかし、先生は決して自分の考えを正しいと主張することはない。また、こちらから発することを否定されることも少ない。そして、示唆が多い。

先生は人にものを教える仕事をしている。仕事を通じて身につけたコミュニケーション・スキルなのかも知れない。しかし、それだけではないと思う。なぜなら、先生の師匠からも同じように示唆に富んだ話を伺うことが多い。思い返せば、多大なご指導をいただいた。

故工藤先生もそのような先生だった。

剣の理法の修練によって形成された人格の発露であろう。

令和六年九月某日

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